誣告の伝兵衛。≪小説・新連載vol.32≫

いやぁ、おらの誣告と、あの野郎の真贋とが、あい混じり合って、なんだかすんげえことになってきやがったなぁ。

あの野郎は。

あの野郎は。

いやはや、大した男だ。

あの野郎。

おらがからかってやった時には、ただの朝鮮人だと思ってたけどよぉ。

いやぁ、あの野郎の頭の切れっぷりは、ちゃんとした立派な日本人だ。

 

相も変わらず人格否定の人種差別的原論である。

ただ、伝兵衛がこう語るのは、わけがあった。

今年82を迎える爺の、単なる耄碌ではない。

毎週火曜日・水曜日・金曜日・日曜日、図書館のラウンジの円卓テーブルに、あの野郎の様子をうかがうために張り込んでいる一人の僕ちゃんがいる。

この僕ちゃん、1階の喫茶店を運営している、とあるNPO法人の利用者である。

この男、いつも、ほほえみを絶やさない。

165cm。

28歳。

前髪は、おでこの真ん中でぶつ切り。

おかっぱ。

色白。

目は、ぎょろんとまん丸い。

上は、いつも、白のポロシャツを愛用。

下は、紺色のジャージ。

ポロシャツに下はジャージ。

お漏らしでもしたのかい?スタイル。

靴は、黒のバッシュ。

7月下旬の真夏にもかかわらず、鬱陶しい。全くけしからん。

「でも、この厚着が僕ちゃんのスタイルなんだ。」

と、後日、警察に事情聴取された際に語ったという。

僕ちゃんはひどい脂性で、黒色の円卓テーブルを使った後は、いつも脂でまみれている。

そのくせ、サラダにかけるドレッシングは決まって、ノンオイル。

人生とは、実に、バランスが取れているものである。

さて、僕ちゃんが通う法人では、利用者は必ずなんらかの作業をしなければならない。

僕ちゃんも当然、作業に参加している。作業の合間には、おやつタイムもある。

ところが僕ちゃん、作業リーダーにいじめられている。

作業リーダーのいうことは絶対。

僕ちゃんは、利用する法人の作業リーダーから、あることを言われている。

それは、あの野郎の顔を見続けること、あの野郎と強引にでも目を合わせること、あの野郎と目があったら必ず笑うこと、絶えずあの野郎がいる自習室を監視すること、の4点だ。

この4点をすることを怠ると、作業リーダーからおやつを召し上げられてしまうので、必死にこなそうとする。

僕ちゃんは、勉強する。

そう、数学の二項定理を。

ただ、いかんせん、図書館の自習室ではなく、図書館利用者が休憩する、図書館入口外のラウンジの円卓テーブルで勉強しようとする。

自習室がどんなに空いているときであっても。

図書館入口前のラウンジのテーブルにいるもんだから、人がひっきりなしに行き来する。

僕ちゃんは、人がやってくるたびに、そいつの顔を見る。

ほほえみながら。

図書館利用者は皆、真夏にダサい厚着のおバカさんに図書館入口でほほえみをぶつけられることに、殺意を覚える。

僕ちゃんは、最近テクニックを覚えた。

それは、あの野郎がいる自習室を覗く為に、廊下のコインロッカーの上に置いてあるフリーペーパーを取るふりをすることだ。

僕ちゃんなりの、あの野郎への嫌がらせ方法だ。

でも、あの野郎は、そんなくそみたいなへなちょこテクニックなど百も承知で、すぐに自習室を出て、図書館職員に知らせる。

すると図書館職員は、マークしているほほえみ不審者がいることを確かめると、すぐに警察と法人に連絡する。