誣告の伝兵衛。≪小説・新連載vol.30≫

おい、おらだ。

伝兵衛だ。

いやぁ、久しぶりのぶりぶりだな。この野郎。

おら、3月30日に、半年ぶりに図書館に行ってやったぞ。

おらが逮捕されて以来だから、半年経ったんだな。

ふぅ~。おら、復活、ってとこだな。

さすがに、あの野郎は、図書館にはいねえだろ。

久しぶりだからな。

思いっきり勉強してやるぞ。この野郎。

 

伝兵衛は、自習室の前で、息を呑んだ。

あの野郎が、いつもの指定席で、勉強していたのだ。

 

おい、どういうこった。

あれから半年たったんだぞ。

未だ居やがるのか。

よし、おらの得意のあれ、そう、誣告だ。

 

伝兵衛は、警察に通報した。

なんだかよくわからない理由で。

そして、憎しみだけは力いっぱい込めて。

すると、逮捕し、釈放後も、また誣告してくる伝兵衛を、だんだん面白くなってきた、警察は、元スーパーの万引きGメンだった、一人の50歳の女を市役所・図書館に派遣した。

この女。

経済学者の浜女史そっくりの顔。

顔は、凄んだ森の石松みたく、右目が約2倍でかい。

そして、変装を得意とする。

時には、一張羅の黒のパーカーを愛用。バックプリントには、ゴールドの阿弥陀クジみたいなラインが無数にある。

まさに、♪阿弥陀クジ、婆あ、阿弥陀クジ、婆あ♪だ。

時には、50婆あのB-Girl。恥ずかしくもなく、髪を真っ赤に染め、だぶだぶの黒のロンTに、黒のジーンズ、ノンブランドのピンクのラインが入った黒のスニーカー。

その節穴の目で一体何を見ているのか、というと。

あの野郎の、図書館での行動だ。

ところが、待てど暮せど、あの野郎からは何にも出てこない。

一体どういうことなの?、とは、署に戻っての年下の刑事への決まり文句。

もう一人は、27歳の、全身黒尽くめの、アマ。

髪は黒髪ロング、地黒。上は、黒のMA-1。下は、黒のロングスカート。重苦しいったらありゃしない。でも、まぁ、かわいいぞ。

私脱いだらすごいんです、とは、このアマの泥酔時の決まり文句。

見るからに中途半端に性欲が強そうなこのアマは、毎週日曜日、あの野郎が1階の喫茶店で何かしているんじゃないかと上司に言われ、閉館時間まで張り込む。

閉館時間まで張り込んでいると、あの野郎がやってくる。

あの野郎は、このアマの思考を、そして警察の下種の勘繰りを全てお見通しで、このアマに聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で話しかける。

すると、このアマ、1階の喫茶店で何かをしているのではないかとスマホ越しであの野郎の様子をうかがう。

なんだかわからないが何かの決定的な証拠を掴もうと、動画撮影をしているのだ。

あの野郎の肖像権を侵害しているにもかかわらず。

あの野郎は、このアマの首根っこをひっ摑まえてぶん投げてやろうかと思った。

でもすぐに、あの野郎の知性と良心があの野郎を踏みとどませた。

あの野郎は、玄関外で、待ち構えてやった。

このアマに恐怖を味合わせるために。

すると案の定、このアマは、あの野郎が待ち構えていることなど思いもせずにいたところ、あの野郎の姿を見てドキッとして体が一瞬左右に震えた。

このアマの震えを、あの野郎は目ざとく見過ごさなかった。

このアマは、スマホの画面を食い入るように見ながら、ペンギンのように、体を小刻みに左右に揺らして、ゆっくりゆっくり、歩を進め、外にある喫煙スペースの方に向かった。

あの野郎もまた、このアマのペンギン歩調に合わせるかのように、ゆっくりゆっくり、喫煙スペースの方に向かった。

アマは、何とか喫煙スペースまでたどり着いた。

そして、アマは、あの野郎が帰るまで待とうと思った。

間合いを詰められ、すっぽりと自分の懐に入られたような感覚に陥ったからだ。

しかし、3分経っても、あの野郎は帰る気配がない。

アマは、あの野郎の様子を確かめるため、勇気を振り絞って横目で見てみた。

すると、一見すると、あの野郎はすっとぼけた顔をしていた。

この馬鹿に張り込みがばれるわけないと安堵した、かに思えた。

でも、すぐに気づいた。

あの野郎が殺気立っていることを。

・・・バレた・・・

張り込みがばれたことを、署に戻って上司に報告することを思うと、陰鬱な気分になった。

そして、こんな馬鹿男にばれたことに無性に腹立たしく思った。

・・・死ねばいいのに・・・

今、2人は喫煙スペースに入る。

にもかかわらず、お互いタバコを吸っていない。

俯瞰で見るとなんとも滑稽だか、当人たちはお互いにいつでも刺し違える覚悟をしていた。

すると、あの野郎が仕掛けた。

「どうかされました?」

アマは、顔を引きつりながら、でも笑顔でこう答えた。

「えっ、いや、どうもしていないです。」

「でも、1階で2時間以上も待っておられましたよね。」

アマは、もはや生きた心地がしなかった。

アマは、急いで、同僚にメールをした。

このまま、署まで徒歩で帰るには、リスクがありすぎる。

だって、確実にあの野郎が尾行してくるからだ。

張り込んでいた奴さんに、刑事が尾行され返されるのだから、「逆尾行」といったほうが良いか。

そこで、アマは、同僚に迎えに来てもらい、一緒に署まで歩いて帰ろうと考えたのだ。

すると、8分後、同僚の女刑事がやってきた。

その同僚とは50メートルも離れているにもかかわらず、アマは、同僚に向かって馬鹿でっかい声を出した。

「いやぁ、だめだわ。だめだめ。」

しかも、右手を大きく左右に振りながらのオーバーリアクション付きで。

アマは、今回の張り込みがあの野郎に完全にばれたので、その当てつけに、自分のふがいなさと悔しさとを、あの野郎にぶつけるために、声を荒げたのだ。

自分の張り込みの技術が足りないことを棚に上げ、あの野郎に完膚なきまでに自尊心が蹂躙されたからだ。

あの野郎は、このアマの小さな器を全てお見通しで、「ふっ」とほくそ笑んだ。

閉館時間後、すでに20分が経っていた。